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夜明け間近、漸く暗闇の山道を抜け、PC3に到着した。
PC前の最後の下りで停まっていた一人のランドヌールを追い越したのだが、それが荒玉のH氏だと気づいたのは、俺がPCに到着した直後に彼が到着したからだった。思えば、昨日からずっと、彼とは抜きつ抜かれつで走っている。休憩ポイントが異なる為、一緒に走る事は殆ど無いのだが、要所要所でベテランの彼にアドバイスを貰えるのは本当に心強い。まだ止めずに走り続けられているのは、多分に彼のお蔭だと思って思っている。

明るくなって、少しだけ元気になった俺は、この後も走る為に、少しでも食べられそうなサンドイッチとヨーグルトを買った。
卵サンドは少し食べただけでやめたが、ハムサンドは何とか完食出来た。人吉DNFはひとまずリセットした。



PC3を出て暫くすると、朝日が昇って来た。昨夜からウインドブレーカー代わりにカッパを着て走行していたが、通気性が悪く、中が蒸れて気持ち悪い。途中のコンビニで一度立ち寄り、カッパを脱ぐ。走り出すと、かいた汗がウエアに付着し、かなり寒い。しかし、これから陽が昇ってくれば、やがて暑くなる事だろう。暫くは我慢だ…
今日も晴れで、昨日よりさらに暑くなるとの予報だ。平坦中心の今日のルート、この後灼熱地獄が待っているのか…

25km程で、人吉市内に到達した。久しぶりの大きな街並みだ。日曜日のこの時間、まだ多くの人々の活動は始まっていない。目の前に現れた人吉駅の案内を見上げて、ここで終了するはずだった思いをかき消し、先へ進む。
九州自動車道をアンダーパスして暫く走ると、いよいよ球磨川沿いの通りとなる。風光明媚なこの通りは、眺めは良いのだが、道幅が狭く、大型車をパスするのに神経を使う。
そしてもう一つ、殆ど寝ていない体で走っていると、ずっと続く同じ風景が強烈に眠気を誘う。

暫く走っていると、先方の岩側にバイクを停めているH氏を発見。何をしているのだろう。気になって同じ場所にバイクを停めると、そこは湧水が溢れていた。さすがH氏である。補給できる水場の知識が豊富である。以前ならボトルにはスポーツドリンクを満たしている為、たとえ湧水があっても補給する事は無かったのだが、昨夜からボトルには水しか入れていない。丁度空になりかけていた為、すかさず満タンにした。一口飲むと、柔らかい口当たりで美味しい!!



既に走行距離は400㎞を超えていた。前回悪夢の様なBRM315嘉麻400kmから比べれば、まだ元気な方だと感じていた。しかし、疲れは確実に体を衰弱さえており、何処か休むところは無いかと、道路沿いの施設を目で追いながら走っていた。
と、目の前に「さかもと」と言う道の駅の看板が目に入った。休むならここしか無いと判断し、すかさず、道路右側にあるこの施設立ち寄った。入り口直ぐの建物にベンチが置いてある。有り難い。ここなら眠れそう…
建物の奥の方から何やら話し声が聞こえてくるが、特に気にせず、ベンチに直ぐに横になった。寝すぎてしまうのを防ぐ為、iPhoneのタイマーを10分にセットして…
横になった瞬間に直ぐに意識は遠くなった…と思ったら、iPhoneのアラーム音!一瞬で10分経過したのである。
たった10分だったが、熟睡した頭はかなりすっきりとしていた。
陽はだいぶ高くなって来たが、まだ暑さはさほどでは無かった。すっきりした気分で再びペダルを漕ぎだしたのだった。



■ PC4(441.4km) Result:09:25/Close:12:24:

PCに着くと、先着していたH氏が休んでいた。ここ迄、付かず離れずで走って来たが、この後はもう最後まで会う事は無かった。1時間程前までは、暑さもそこそこだったが、ここにきて相当暑くなっていた。今日は、昨日にも増して暑くなるという予報。本当に恨めしい…
早朝にサンドイッチを食べただけだったが、やはり食欲は無い。ここでもアイスクリームとミネラルウォーターのみを補給した。残りはまだ160㎞もある。通常のロングライドに匹敵する距離だ。しかも6月1日とは思えない暑さなのだ。ここで長く休んでいても、さらに暑くなるばかりだと考え、アイスクリームを食べ終わったら、早々にPCを後にした。

暫くは県道14号を宇城市に向けて北上していた。先程寄ったPCでは食べたいものは無かったのだが、うどんなら食べられそうな気がしていた。走りながら店を探していた、「ヒライ」の看板が目に入った。ブルべでは良く利用する店だ。店の前を見ると、2台のロードバイク、どうやら先客が居るらしい…。
先客は、ガッツリと天ぷらうどんを食べていたが、もちろん天ぷら等胃が受け付けるはずもない。注文したのは、かけうどん。チケットを買い、席で待つ。冷水器の水を何杯もおかわりしながら、やがてうどんが出来た。ちゃんと食べられるだろうか?少しずつ少しずつ、麺をゆっくりかみしめながら、時間をかけて食べた。食べ終わる頃、先客はとうにリスタートしていた…

県道14号を北上し、やがて松橋を過ぎると左折して県道294号へと移った。ここまで来ると、随分見慣れた風景となってくる。たしかBRM119熊本200kmでは南下した道だ。まだまだ、ゴールは遠いのだが、知っている場所迄来ただけで、随分気持ちが軽くなる。


(Y氏撮影)

一瞬だけR57を通り、R501に入ると、ますます身近な通りとなってきた。
太陽は、頭上高く上がり、真夏の日差しが容赦なく体力を奪って行く。島原湾を走り、天水への登りを必死になって登った時、前方に見覚えのある顔が… 荒玉サイクリングのY氏である。何と応援に駆け付けてくれていたのだ。
最も疲れている時に、とても嬉しい。まだ元気がある姿を見せたかったのだが、写真の通り「よれよれ」である。
自分では、もっとシャンとしているつもりであったが、写真は嘘つかない。屍の様な姿であった…

仲間から力を得て、あと少し…でもないか、R501で玉名をぬける頃だった。
トラブル発生…、サイコンとiPhoneに電源供給していたモバイルバッテリーが切れてしまった。
iPhoneだけなら、十分持つはずだったのが、途中からサイコンへも電源供給した為、予想以上に消耗していたのだ。
今回、キューシートもiPhoneで表示していた為、電源が落ちたら為す術が無い。いつも電子機器に頼るのは危険だと言われ続けていたが、ここに来て本当に危機に陥った。iPhoneのバッテリーは20%を切っていた。

先ずは、iPhoneを機内モードにして、電源を落とす。電源の消耗を最小限に抑えるためだ。そして、サイコンが生きている間、サイコンのナビにて走行。だが、和水付近で、遂にサイコンのバッテリーが切れた。
この後は、矢部谷峠が待っているが、暑さもピークとなり、丁度田舎の商店を見つけて一休みした。
休み終わって、スタートしようとした時である。後方より、3名のランドヌールの姿が…
あ、このトレインに乗れば、ゴールまで行けると考え後ろに着いた。良く見ると会長のトレインであった。

後ろについた後、挨拶して一緒に走らせて欲しいとお願いし、トレインに参加させてもらった。
しかし、一人で走るより、随分楽に走る事が出来る。勿論体力の消耗も少ないのだが、精神的にも随分助けられた。
そして、ラスト前の矢部谷峠も、それ程苦労する事無しに越える事が出来た。
峠を下れば、最後のPC5は間近である。



■ PC5(538.9km) Result:15:38/Close:18:56:

既に、残り100㎞を切っていた。先輩ランドヌールから、残り100㎞を切ったら、何かが変わると聞いていたが、何も変わらなかった…ただ絶望的に疲れているだけだった…胃の不調は相変わらずで、ここで補給したのは、やはり水だけだった。
ここから先は、一度試走していた為、いざとなれば、キューシート無しでも走れそうな気がしたが、やはり一緒に走った方が楽に決まっている。暫く休んだ後、一緒にリスタートした。

八女から久留米に入る時、それは起こった…
本当に一瞬の出来事であった。最初何が起こったか分からなかったが、視線を前に落とした時、全てを悟った。
GPSサイコンが落下したのである。少し前からサイコンの振動が激しいなとは感じていたが、それがブラケットの爪が折れかかっていた事だとは気付いて無かった。そして限界に来た瞬間、爪が破損し、一瞬にして落下したのだった。
運が悪い事に、後方より車が来ており、落下したサイコンは飛ばされ、サイコンの全機能は永久に停止した…

バイクを停め、とりあえず残骸は拾い走り出したが、落胆した気持ちは、ただでさえ疲れた体に追い打ちをかけた。
しかし、ここは気持ちの持ちよう。こいつが身代わりになってくれたんだ、怪我しないで走っていられるのは、こいつのお蔭だと自分に言いきかせた。すると不思議な事に、徐々に気持ちは前向きへ変わっていった。

久留米市内を抜け、筑後川を渡ると、もうゴールは目の前に近づいてくる。
しかし、ここで思わぬ難敵出現。向かい風だ。川を渡る迄は、あまり気にならなかった風が、川向こうの県道738号線に入った途端、強烈に襲ってきた。前方を行く二人のバイクからずるずると遅れだしていたが、もう一人に支えられて何とか走り続けた。だが、もうスピードを出すことが出来ない。R322で甘木を過ぎた後、峠前の最後のコンビニに立ち寄った時、これ以上迷惑をかけられないと、会長他2名のランドヌールに別れを告げた。ここまで引いてもらい、本当に有り難かった。一人であれば、もっと大変だっただろう。先に送り出した後少し休んでいたが、急に吐き気をもよおしコンビニのトイレにて、またしてもリバースしていた。殆ど食べていない為、胃液しか出ない状況ではあったが、少しは楽になった。



いよいよ本当の正念場である。最後の峠「八丁峠」を越えたら、ゴールの嘉麻は目前となる。
しかし、この峠越えは想像以上に手強いものであった。4月に一度試走し登った峠ではあったが、今日は別物だ。
試走時の距離感と全く異なるのである。次のコーナーを過ぎたら峠に着くと言う予想を、何度も何度も裏切られ、いっこうに辿り着かない。もう気力のみで走っていた。そして、いつの間にか夕闇が迫っていた。薄暗くなって行く山間の景色。二日目の夜が来る前に、何としても山を越えなければと、ただそれだけを考えペダルを漕いだ。
そして遂に、峠が見えた。見覚えのある峠の目印、あと100m、50m、10m … 
峠では、上空の視界が開け、思ったより明るかった。少しだけ休憩して、さぁ、後は下るだけだ!


(M氏撮影)

登った距離が長ければ、必然的に下りも長い。600km連続して走る事によるダメージは、至るところに出ていた。
その中でも、掌は、何度も繰り返して来た、ダウンヒルで負荷がかかり、腫れ上がっていた。
下り坂は、普通なら楽しいものだが、今は苦痛でしかない。常に掌に振動と加重がかかり、一刻も早く、この長い坂道を終わらせたかった。やっと麓に辿り着いた時は、もう辺りは暗くなっており、明るいうちにゴールする事は叶わなかった。

R211が見えた!昨日スタート時に通った道にやっと辿りついた。ここからゴール地点迄は一直線だ。
懐かしい景色が、次々と目に飛び込んでくる。あの小高い山を越えたら、ゴールだ。
ジョイフルの看板が見えてきた。そして遂に…

      ゴーーーーーーーーール!

■ ゴール(603.5km) Result:20:09/Close:23:00:
■ 認定タイム:37時間9分




本当に長い戦いであった。ゴール地点には、既に走り終えた多くのランドヌールの姿があった。ゴールした喜びは大きかったが、それ以上に身体のダメージは、やはり大きかった。前回の400kmよりはましであったが、やはりゴール後に談笑する余裕が無く、また疲れから睡魔が襲って来た。仮眠しなければ、とても帰れる状況に無く、取り急ぎバイクを車に乗せて、フロントシートを大きく倒し、横になった。
どのくらい経っただろう…感覚的には30分くらいであったが、時計を見ると既に午前0時を過ぎていた…
3時間半も寝ていた事になる。もう辺りには人影もなく、スタッフも撤収済みであった。
最後にスタッフにお礼を言えなかった事がとても心残りである。次回こそは、もっと余裕を持って走りたいと考えていた。

これで、本当に長い二日間が終了した。先ずは無事走り終える事が出来た事に感謝しよう。
何度もくじけそうになったが、自転車仲間やスタッフからの応援、励ましによって最後まで走れた。
たった一人では、とうにDNFしていただろう…本当にありがとう!



落車したサイコンである。2年半の間、色々なところをこいつに案内してもらい走った。
ブルベにチャレンジする気になったのも、こいつがあったからだ。本当にありがとう、そしてさようなら…

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