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ほんの数日前の出来事なのに、あれは現実だったのだろうか?
日常を全く逸脱した経験。普通の生活ではありえない環境…
夢?…いや悪夢だったのか…
しかし、あれはやはり現実。身体に今も残る痛みが、それが現実だったと教えてくれる。
それでは、長い長いサイクリングの話を始めよう~(笑)


福岡嘉麻を起点として、大分、熊本、宮崎と九州四県を走り抜ける、超長距離コース
獲得標高6,200mは600kmブルべとしては突出している訳ではないが、前半200㎞迄に、1000m超え2峠を含む5峠越えで、4000mは登ると思われる。まさに「阿蘇望」級である。
ここを40時間以内に完走出来るのか…



スタート・ゴール会場である、「嘉麻スポーツプラザ」に到着したのは、午前6時過ぎ。
随分朝が早くなったものである。夏至迄1ヶ月も無いこの季節、夜明けは、遥か早い時刻にやって来る。
会場には、スタッフと数名の参加者が集まっており、その後も続々と集まりだした。
ここに集うランドヌールたちは、もう旧知の仲であり、これから始まる長い冒険に踊る心を秘め、自然と笑顔が溢れ出していた。その後に待っているはずの苦痛を知ってか知らずか…



やがて、時は6時半を過ぎ、スタート前の重要なブリーフィングの開始である。
キューシートNoに沿って注意事項が次々と周知されて行くが、一番気になるのが、何処で仮眠出来るかである。
全行程600㎞に及ぶ今回のブルべでは、仮眠は必須。出来るだけ睡眠環境を良くしたいのは誰でも考える事である。
丁度1週間前に試走された経験をもとに、いくつかの仮眠ポイントが告げられると、それを聞き逃さない様、耳をそばだてたのだった…



80ポイント以上もあるキューシートの注意事項が延べられると、皆スタート準備へと入って行った。
それにしてもいい天気である。今年は兎に角天候だけには恵まれていた。
今年参戦した200、300、400、いずれも晴れである。逆に参戦していない400、600はいずれもハードなstormy weather!
天候次第で随分装備が変わるはずである。まだまだ始めたばかりの俺にとって、装備軽減はありがたい…
そして、午前7時を目前にスタート…というところで、突然会長より鶴の一声…
「PC1、PC2はクローズ無し」つまり、時間制限なしの通過チェックへと変更されたのだった。
しかし、言い換えれば、それだけ今日のブルべが過酷だと言うことを暗に示されただけだったのかもしれない…



午前7時スタート。嘉麻市スポーツプラザを出て、先ずはR211を南へ向かう。
30台以上のロードバイクが集団となって、早朝の嘉麻市内を駆け抜けて行く。傍目に見れば、集団サイクリングである。しかし、数キロも進めば、徐々に山道へと入り、自ずと集団は離散して行く。
俺はと言えば、スタート時には先頭集団にいたのだが、バックポケットに入れていたティッシュを落下させ、早々に後方へと下がったのだった。それでも、最初の峠「嘉麻峠」を越え、小石原を下る頃には、前方の集団を捉えていた。
別にブルべはレースでは無い。飛ばす必要も無ければ、順位も関係ない。制限時間を有効に使い、安全確実にゴールする事が重要である。その為に、事前に走行計画する事はブルべの重要なルーチンだと考えられる。
さて、追いついた集団は、聞こえて来る会話から、今回数名参加された海外勢(香港)のランドヌールの様だ。また、前方には、荒玉ランドヌールのH氏の姿も見える。暫くは、この集団について、効率良く距離を稼ぐ事とした。



小石原から夜明けへと下り、今度は日田から小国へとR212を登り始めた。集団はいつの間にか7台程のパックになり、かなりの高速で快調に飛ばして行った。5月も最終日、もう新緑とは言わないのかもしれないが、緑は本当に鮮やかだった。しかし、前日日本最高気温を示した日田市近辺は、今日もぐんぐんと気温が上昇してくる。まだ、午前10時に届くか届かないかの時間だが、早くもボトルは空になりかけていた…



真夏の中距離ライドならば、ダブルボトルで臨むところだが、5月の長距離ライドでは、もう一つのホルダーには、ツールボトルが占有していた。経験豊富なランドヌールならば、トリプルホルダーの装備をしているのだろうが、ここはこまめに補給するほか無い。日田から小国へのルートは、走り抜けるには気持ち良いが、補給する場所が殆ど無い。空になりかけたボトルをだましだまし使いながら、視線は自販機を探しているのだった。



やがて、道路右端にポツンと佇む自販機を発見。ここで、集団とはおさらばである。車も人通りも殆ど無い静かな山道。バイクを自販機横の柵に立て掛け一呼吸。容赦なく照りつける日差しを手でかざしながら、汗を拭きとる。
まだ、スタートしたばかりだ。しかし、この暑さはなんだろう。とても五月の陽気では無い…
汗を拭きとった後、いつものスポーツ飲料を自販機から取り出した。手に取ると、冷たく冷えたペットボトルから、大粒の汗が。思わず額に当て、火照った身体を冷やしていた。ボトルにチャージする前に、先ず一口。のどの渇きを一気に癒すこの飲料は俺のお気に入りだった…この時までは。



これから、本格的な山岳地帯となる。ハンガーノックにならない為にも、ここでジェルを補給した。実はこのジェル、トライアスリートのK嬢より先日貰ったものである。彼女に感謝しながら、一気に胃の中へと流し込んだ。
静かな山間、聞こえてくるのは鳥のさえずりと、吹き渡る風の音、そして小川のせせらぎ。休息する間、数名のランドヌールが俺の目の前を通り過ぎて行った。すれ違う時はいつも同じ、お互いの健闘を願い、声をかける。



登り続けた坂道が少し穏やかになると、そこはもう小国だ。自然に囲まれていた国道が、一気に賑やかとなる。
小国、脳裏をよぎるのは、自転車乗り、いや自転車乗りばかりでは無いだろうが、喫茶「茶のこ」である。左腕の時計に視線を落とし今の時刻を確認したが、まだオープンの11時には随分間がある。ちぇっ…、待つ訳にはいかないな。
ブルべの途中で「茶の子」に寄り、一服する計画は断念せざるを得なかった。
仕方なく、次に目に飛び込んで来たコンビニにショートストップ、追加の補給と若干の体重軽量化を果たした。
外に出てリスタートの準備をしているところに、ショップに到着したのはH氏である。彼は、俺より前を走っていたはずであるが、何故か?話を聞けば、「茶のこ」に立ち寄った…、しかしオープン前で店には入らず、外にある水場でボトルへの給水は果たしたそうだ。



一足先にショップを後にし、ここからR212を一気に阿蘇外輪山頂上迄上る。長い上り坂だ。
BRM315嘉麻400kmでも登った道だ。きつさも長さも分かっている。更にこの後も繰り返されるヒルクライム、無理は禁物と、自販機を見つけては、インターバルをとる。



やがて長い坂を登り切ったところにある、県道12号を横切ると、ここから先は、一気に内牧迄の下りである。
壮大なダウンヒル、路面も良く、景色も良い、申し分のないご褒美だ。坂はきつい、しかしこの爽快な走りが出来るからこそ、坂を嫌いにならずにすんでいる。天気が良いからなおさらだ。
但し、登った時間の何分の一かの時間で、楽しい時間は終わりを告げた。
R212から少しだけR57を経由し、いよいよ本日最高到達地点への坂が待ち受けていた…



阿蘇駅前を左に折れると、県道111号、阿蘇パノラマラインとなる。ここから15kmの上り坂の先に、本日最初のチェックポイントが待っている。丁度お昼を迎えた太陽は、容赦なく頭上に降り注ぐ。
暑い、本当に暑い。風が殆ど吹いていないのだ。頼む、向かい風でも良いから吹いてくれ…と心で叫んでいた。
遮る物の無い灼熱の登山道、多くの観光客が訪れるこの道を、今必死にペダルを漕ぐ俺たちは、何に取り憑かれているのか。観光バスから見下ろされる俺たちは、きっと奇人に見えた事だろう。
最初白んでいた青空は、高度を増す毎に青が濃くなり、今や紺碧の青空へと変わって行った。



途中何度も立ち止まり、遂に辿り着いた、有人チェックポイント!リザルトは13時24分であった。
目の前にバイクラックがあるのも気づかない程疲れ、スタッフからの掛け声に、引きつった笑みで答えるのがやっとであった。タイム的には十分余裕があるが、体力的に全く余裕が無い。
スタッフにリスタートを告げると、向かった先は、後ろに佇むロープウエイ乗り場だ。別に阿蘇山火口に向かう訳ではない。この施設内で休憩する為だ。バイクを売店カウンター横に立て掛けると、目の前にソフトクリームの案内が。
無性に食べたい。即座に注文し、中のベンチに座ってゆっくりと堪能したのだった。
5分の休憩予定が、結果的に20分程も休んでしまった。本当に疲れていたからだ。

そして、今度が本当のリスタート、去年「阿蘇望」で登った、最初の登山道を、今日は下る。
下り初めて、間もなくおとずれる「火の山トンネル」。中に入ると、一気に冷える。直前迄の暑さが、一瞬のうちにかき消され、全身を冷気が包む。体中にかいた汗が、一斉に冷えて凍えそうだ。しかし人は我が儘なものである、さっきまで、あれ程太陽を憎んでいたのに、今や、すごく恋しい…
トンネルを抜け出すと、再び熱風が体を包み、ほんの一瞬だけ、心地良い暖かさが、しかしやはりそれは一瞬だけの快感であった。再び、暑さとの戦いが始まった。
登りのパノラマラインと違い、下りは工事箇所が多い。おまけに路面には砂が浮いている箇所が点在し、本当に神経を使って下った。間違っても落車はゴメンだ。
再び阿蘇盆地に下り、県道111号を左折してR325に入ると、もうPC1は目の前だ。



■ PC1 (139.0km) Result:14:27/Close:16:16

PCでは、日差しを避ける為、店の側面に休憩場所が確保されていた。ランドヌールが休める様にシートが敷いてある。いつもスタッフの心遣いが嬉しい。バイクを壁に立て掛け、ここで遅めの昼食だ。しかし、なんて遠いPC1、通常のサイクリングならば1日かけて走る距離だ。暑さにやられた身体は、水分ばかりを欲しがり、あまり食欲が無いが食べる事もブルベでは、重要な要素だ。食べられなくなったら、本当にやばい…、本当に…、でもやはりこの後、食べられなくなるのだが…



キャットアイのサイコンは、僅かに誤差があったが、ここまで非常に良い精度を保っていた。デジタルキューシートとの組み合わせは、今日も上々である。
シート上で十分に休養を取るランドヌール達。なかなかリスタートにかからない。俺も、予定時間を過ぎても立ち上がる事が出来ず、暫く空を見上げて休んでいた。それは、この後に控える本日最大の難所「飯干峠」に挑む気力を蓄えていたのだった。そして、15時を過ぎた頃、遂に意を決してリスタート!



PC1を出ると、角を左折し県道117号へと向かった。市街地を通り抜け、暫く走り県道151号に入ると、いよいよ道が狭くなる。車1台がやっと通れるほどの田舎道で、走りながら、この道で合っているのか不安がよぎる。たまらずバイクを停め、iPhoneでルートラボを確認。コースは間違いない。
さて、飯干峠の前には、もう一つ峠が待っていた。「中坂峠」だ。この山道はどこか似ている、そう、地元のオレンジロードに酷似した雰囲気だ。阿蘇のパノラマラインと違い、この田舎の山道は木々が豊富で、上手い具合に日よけになってくれる。これは有り難い。5kmちょっと登ったところで、もう峠に到着した。だが、これで終わりでは無かった。この後25㎞に渡りアップダウンが続く山道を走り、ようやく「飯干峠」のスタートラインに到達した。
既に日差しは大きく西に傾き、もうそこまで日暮れが迫っていた。
日没までに越えられるのか?急ぐしかない。
だが、本格的に登り始める前に、田舎の商店が目に入った。そして、先行していた一人のランドヌールの姿も…
ここが最後の補給ポイントか、迷わずバイクを停めたのだった。
店の前には、切り株で作ってある椅子が無造作に並んでおり、休むには丁度良い。
保冷庫の中を物色し、目に留まったマンゴージュースを手に入れた。
この時、またしても胃の調子を崩し始めていた。紙パックのジュースを、半ば強引に飲み干すと、少しだけ切り株の椅子で休憩してスタートした。
日が暮れる迄に早く峠を終わらせたい気持ちが強く働き、ややペースを上げて進むと、前を行くランドヌールを次々と追い越した。今日の登りはこれで最後のはずだと自分に言い聞かせながら…
辛い、本当に辛い、さっき飲んだジュースが胃の中で暴れている。全身の筋肉疲労に加えて、内臓までが不調。前回の轍は踏みたく無いのだが、身体が言う事を聞かない。
登っても登っても終わらない坂道。谷を挟んで大きく湾曲した山道は遥か彼方まで続いている。
また、さっきまで走っていた道が、気がつけば、足元遥か彼方の眼下に見える。
しかし、遂にその登りも終わる時が来た。もう、夕日も沈みかけた頃、ようやく峠に到達したのだった。
そして、道路端の側溝にバイクを落として、記念写真を撮ろうとした時だった。
まずい!一気に胃が裏返った。次の瞬間すべてをリバースしていた。



峠で数人のランドヌールと会話しては、動く事が出来ず先に送り出していたが、まだここは185㎞地点。
PC2迄残り100㎞…とてつもなく遠い。胃の中が空になり、少しは体調が戻った事を確かめると、再び走り出したのだった。
この道の下りは、ブリーフィング時の忠告通り、グレーチングが危険である。道路よりかなり飛び出しており、スピード出して乗り上げたら、リム打ちは避けがたい。常にブレーキレバーを握りしめたまま、長い下り坂を下ると、耳川沿いに出た。
ここからは、緩やかな下り坂だが、時折登りも出現する。辺りはもうすっかり夕闇に包まれており、2灯の明かりを頼りに、ひたすらペダルを漕ぎ続ける。時折すれ違う車のヘッドライトがやけに明るく、一瞬視界を奪われる。
耳川が随分広くなったと感じられる頃、やっとR10に合流した。途端に車通りが多くなり、それはそれで疲れるものだ。
疲れはもう限界に達しようとしていた。頭の中では、DNFの3文字がかなり現実味を持って浮かんでいた。
兎に角PC2迄辿り着かなければと、残りの距離だけをカウントダウンし、そしてやっとその場所はおとずれた。

■ PC2 (284.5km) Result:22:49/Close:02:00

はたして完走出来るのか…、続きはミッドナイトランへ続く…
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